Dr.Franceあられちゃん

〜住めば都〜フランス編

「五輪書」

 千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす。
せんにち けいこ たん  まんにち けいこ れん

 能々吟味有るべきもの也
よくよくぎんみ あ      なり

           宮本 武蔵

みなさん、ご機嫌いかがでしょうか?体調の方はどうですか?
今日はちょっと渋い出だしになりました。先日母から送られてきた本の中に
著者・齋藤 孝さんが書かれた「声に出して読みたい日本語」という本があって、それをちらっと読んでいたら現在の私にぐっとくるフレーズと解説を見つけたので自分へ、そして皆さんへの激励としてアップしてみました。
皆さんもご存知?のように私はバレエをやっています。
しかし私は決して天性的な才能とカリスマを備えた人間ではありません。
年々歳もとるしそれに加えてストレスもたまってきます。(バレエ生命は決して長いものではないですから)それと同時に若いときでは絶対に感ずる事が出来なかった事、表現できなかった事。心の目に見えなかったちがった視点での物事のとらえ方がようやく少しずつ見えてきています。
こういったものはやはり、普段の練習と経験。そして自分を取り巻く環境によって研ぎ澄まされていくものだと思っています。普段の淡々とした変わりの無い練習に時にはうんざりしてしまう事もありますが、それに負けず続けていく事が将来の自分に繋がるものだと信じています。

上の文の齋藤孝さんの解説ですが、少しばかり書かせてもらいますね。

鍛練という言葉はもともと金属を火や水を通して鍛え練り、刀剣に仕上げていくことを意味していた。武蔵はこれを具体的な練習日数の単位として鍛と練の二語に分けて意味づけなおしている。
百回の練習では起こらない質的な変化が千回の練習によっては起こるのである。万日という十年単位の稽古が積み重なると、千日の稽古で得たものより格段に質的に高い技と認識を得る事ができる。量が蓄積すると質的な変化が起こる「量質転化」(南郷継正)を、武蔵はこの言葉で表現している。ふつう、鍛練という言葉は、もっと短期的で非合理的な他律的練習をイメージさせるが、武蔵の鍛練の概念は、それとは対照的な合理的・自律的練習である。この言葉は、
質的な変化が起こる前に反復練習を途絶えさせてしまいがちな私たちの気を引き締め、
希望を支えてくれるものだ。
        (途中一部略)

どうでしたか?紹介させてもらった文章が是非皆への励ましになるといいです^^b
それでは今日はこれにて!  糸冬